山﨑 正彦(著)
四六判 304頁 並製
定価 2,200円 (内消費税 200円)
ISBN978-4-903238-36-4 C0073
在庫あり
奥付の初版発行年月 2009年10月 書店発売日 2009年09月28日 登録日 2010年02月18日
常に金賞を取り続ける驚異の千葉県柏市立柏高校吹奏楽部。しかしその指導はコンクールに勝つことより教育が大事だというもの。教育現場の荒廃が叫ばれる中こうしたすごい高校生がいる事実。その指導の現場を追った。
千葉県柏市。人口約40万人のこの市にある柏市立柏高等学校吹奏楽部(ブラスバンド)は全国の様々な吹奏楽コンクールで金賞を獲得し続ける金賞常連校だ。この市立柏吹奏楽部を創立から率いてきた教師、石田修一氏が楽器もない新設校時代からいかにして吹奏楽部をここまでにしたか。創設当初から少ない部員でコンクールに出場。そこからあっという間に常に上位を狙う吹奏楽部に育て上げた。コンクールだけではない。日本全国のイベントに呼ばれての遠征演奏は数知れず、テレビ出演やプロ野球の開幕式での演奏経験もある。さらには、アメリカや中国をはじめ世界各地からも招聘されるほどの知名度がある。毎年部員が入れ替わる普通高校で、常に優れた吹奏楽部をどうやって維持していくのか。部員はごく普通の高校生。こうした優秀な演奏を維持し続ける吹奏楽部を持つ高校は全国各地にある。その代表校の1つと言える市立柏の1年を追い、演奏技術よりも大切な人間教育に主眼を置く石田氏の教育が結果的に金賞につながっている背景を記録したのがこの本である。
教育荒廃が叫ばれる中で、こんなにすばらしい高校生が現にいることを。それが学校教育の現場の成果であることの驚きを本書は語っている。学校教育も捨てたもんじゃない。こんなすごい先生や生徒が現実にいることが本書を読むとわかる。これからの教育を考えるためにも必読の書だ。
第1章 石田修一という人
1.吹奏楽にすべてを捧げてしまった人
2.吹奏楽であっても全人教育
第2章 〈いちかし〉とは
1.柏市立柏高等学校はイチカシと呼ばれて
2.〈いちかし〉の1年間
第3章 石田流の練習に見たもの
1.厳しい指導と高度な音楽的要求
2.音へのこだわり シンバルの音にも
3.驚きの練習密度 「休憩」がない
4.200人の土曜・日曜日
5.高い次元を求めていくからこそ大切にしなければならないもの
第4章 〈いちかし〉の本番に見たもの
1.〈いちかし〉は地元のスター軍団だった!
2.ピッコロ・ソロに見る「石田流マジック」
3.一糸乱れぬパフォーマンスの意味するものは「夢」
4.「靴の裏磨け!」とは?
5.舞台裏でのもうひとつの美技
6.裏方の荷さばきは引越しのプロ顔負け
7.裏方の仕事は心のなせるもの
8.次の日から、また変わらぬ日常が
9.マーチングでの、もうひとつの〈いちかし〉
第5章 コンクールの季節がやってきて
1.普門館組決定 50人の音になって
2.普門館組以外の部員の見せる顔
3.練習は、いつもの延長線上で
第6章 千葉県大会で見たもの
1.千葉県大会予選での妥協のなさが石田流
2.初めて見た彼らの高校生らしい姿
3.千葉県大会本選でのバックステージ
4.歓喜の瞬間 県代表校に
第7章 東関東大会で見たもの
1.舞台袖での涙
2.代表校発表 ライバル校へのエール
3.表彰式を終えての雑感
4.「おめでとうございます」の重さ
第8章 そして普門館へ
1.普門館「全日本吹奏楽コンクールとは」
2.ホール練習 普門館を想定しての音楽表現と音へのこだわり
3.課題曲と自由曲との絶妙な距離の取り方
4.普門館前日 移動のバスで
5.普門館前日 石田の意外な一面
第9章 いざ普門館
1.普門館には魔物が潜んでいる!
2.普門館 バック・ステージ 第1話
3.普門館 バック・ステージ 第2話
4.普門館 バック・ステージ 第3話
5.普門館 バック・ステージ 第4話
6.普門館 バック・ステージ 第5話
7.普門館 バック・ステージ 第6話
8.普門館 バック・ステージ 第7話 場外編
第10章 コンクールの季節 第2弾 秋 横浜編
1.全日本高等学校吹奏楽大会in横浜
2.横浜バック・ステージ ハマでも〈いちかし〉
3.横浜バック・ステージ チューニングでは鬼になる石田
4.横浜バック・ステージ 久々の200人
5.横浜バック・ステージ 〈いちかし〉人形
6.横浜バック・ステージ V10なるか?
7.横浜バック・ステージ 終演後のファイン・プレー
8.横浜バック・ステージ 番外編 驚きの生徒の一言
第11章 コンクール季節 第2弾 秋 幕張編
1.マーチング・コンテスト
2.幕張への道 熾烈を極める日ごろの訓練
3.幕張への道 その練習に見た石田の超人的な発想
4.幕張への道 その練習に見た石田の超人的な「耳」
5.幕張本番 場外編 〈いちかし〉の存在感
6.幕張本番 突然アリーナへ
7.幕張本番 涙が溢れ出る感動
8.幕張本番 薄暮の場外
9.幕張本番 閉会式 公式戦最後の名演『蛍の光』
10.コンクールの秋 第2弾終幕 公式記念写真
第12章 部活のなしうるもの
1.部活動か授業か
2.石田の明快な答え それでも部活動の教育力は見過ごせない
3.合奏という営みに充ち溢れる教育的な瞬間
第13章 〈いちかし〉だけではない石田
1.講演者としての石田は「笑い」をとる名人
2.石田の指導哲学のバックグラウンド
3.「生きる力」を身につけさせる
4.地元社会人吹奏楽団の指導者としての石田
5.指導主事石田の教える授業の基本
第14章 次世代を育てるという意味であるなら
1.〈いちかし〉に散在する責任ある活動
2.極める吹奏楽であるから説得力がある
3.200人の学んだもの
4.〈いちかし〉の集大成チャリティーコンサート
5.〈いちかし〉に息づく_ありがとう_の精神
6.人としての美しさ、品性に触れて
7.〈いちかし〉卒業生への伝言
東京から北東方向。千葉県柏市に、高等学校の吹奏楽部にその心のほとんどを捧げてしまっている指導者がいる。その人が石田修一(以下、石田と記す)である。彼の現在の肩書は、柏市教育委員会の指導主事であるが、柏市立柏高等学校の吹奏楽部顧問でもある。
吹奏楽部への彼の取り組みは並大抵ではない。平日は毎日、教育委員会での仕事を終え、退勤時刻から21時ごろまでが練習。土曜、日曜の休日は、教育委員会での仕事がなければ、ほぼ一日中、吹奏楽部を指導。おそらく、家庭にいるのは年間数日ではないだろうか。
吹奏楽の世界で知れ渡ったカリスマ的指導者と聞いて取材にうかがい、初めて石田に会ったときは予想していた人物像と大分違った。だが、一方では、とても安心したものだ。てっきり、晩年のブラームスのような、威厳のある髭モジャで眼光鋭い紳士が現れると思っていたのだ。
石田の生まれは北海道。だが、本人によると父親の仕事の関係で、家族ぐるみで日本各地を転々としたのだそうだ。あとに触れるが、西方の九州・福岡にも住み、ここで青春時代を過ごしている。石田と吹奏楽との出会いもこのころで、彼は吹奏楽部員としてトランペットを吹いていた。つまりここに、のちの石田が生まれる起点を見ることができる。
そもそも石田とは。我が国の吹奏楽界でその名を知らない人はいない。柏市立柏高等学校をコンクール優勝常連校に育て上げた優れたマネジメント力や指導力を誰もが知っているからである。彼の業績を誰もが認め、称賛に値すると考えている。彼の指導の理論やノウハウの一部は、吹奏楽関連の雑誌に彼自身の手によって記事にされており、どれだけの指導者がそれを参考にしたか計り知れない。
彼の業績や音楽的な指導力からだけでは石田を語ることはできない。石田が掲げる全人教育としての吹奏楽に触れないわけにはいかないからだ。この壮大なビジョンそのものは柏市立柏高等学校において、すでに、ほぼ完成していると私自身感じている。吹奏楽の指導者として優れた力を発揮しながらも、彼の指導にはどんなときも人を育てるという強い信念が一貫して流れている。実際石田は、吹奏楽の指導であるのに人としてどのように生きていくのかのほうを切々と生徒たちに訴えていることが多い。そして、生徒たちは彼のその訴えの背後にある信念や思いを悟りそれに応えて行動しようとする。
私はそれをまったく違和感なくメモ帳に書きとめていったわけだが、あるとき、気づいた。「石田とは、どんな指導者なのだろう?」ではなく「どんな人なのだろうか?」という思いから、いつも彼を見ようとしていたことを。
石田のように、中学生でもなく大学生でもなく、高校生に対して人としての生き方を伝えることに責任を負う意味はとても大きい。中学生や大学生では意味を成さないということでは決してないが、何より、反抗期を終えつつある高校生時代こそが、そのあとに誰もが向かう大人社会への過渡期に当たる。中学生時代の混乱、反抗、挑戦の意識が麻疹のように消えて昇華し、表向き青少年は落ち着きを取り戻してくる。手が掛からなくなってきたその青少年たちを敢えて揺さぶり、バッサリと切って人の道を説くこと。これを石田はやろうとしている。
柏市教育委員会の指導主事と柏市立柏高等学校の吹奏楽部顧問という2つの重責を担い、教育と吹奏楽に人生を賭けて歩む石田。彼は吹奏楽の指導者として比類なき力を発揮しながら、人を育てることに並々ならぬ熱意を持って知力を注ぐ。その結果、この時代にあってもなお、人として確かに育っている若者たちが石田の下に大勢学び、そして巣立っていく。
これまで、どちらかというと吹奏楽指導者としての石田の秀逸さのほうに焦点が当てられていたが、このあたりで、人間教育に向けた石田の熱意と実りのほうにもスポットライトが当てられてもよいだろう。実はこの両者は、まさに車の両輪のようにシンクロするものであり、石田が目指しているものは、ごくシンプルに、この両者を同じ重みで生徒に根づかせることだからである。いや、より適切にいえば
51対49のような比率で人間教育に重きを置きつつ、同時に高次な演奏も目指すということになり、譲れないのは前者のほうになるからである。
千葉県柏市立柏高等学校吹奏楽部。略して〈イチカシ〉と呼ばれます。約200名の1年間を追ったドキュメントがこの本です。たくさんの写真や貴重な写真なども掲載しました。
〈イチカシ〉は毎年開催される様々なブラスバンド・コンクールで常に優勝や金賞を受賞しています。それだけではなく、海外にまで演奏旅行にでかける強者です。ピッチのぶれなど皆無の驚くほど正確で豊かな表現力を持った演奏をしてみせます。しかし、彼らは特別な教育を受けてきた音楽家ではありません。ごく普通の高校生なのです。その高校生がなんでこんなすごい演奏をするのか。その不思議から本書は企画されました。こうした高校は何も市立柏に限りません。毎年コンクールに登場する全国各地の高校の吹奏楽部はどこもがこうした驚くほど高い技術を持っているのです。その中でも、特筆すべき集団が〈イチカシ〉です。そこで、1年間にわたって、実際に小中高の教員経験もある著者が〈イチカシ〉を追いました。そこでは、実際に教育現場の経験のある著者でも驚くような、しかし当然といえば当然の教育が行われていたのです。〈イチカシ〉のパワーの源は、当然であるはずの当たり前の教育がなされているところにあったのです。ぜひその“当たり前の教育”を本書で見つけてください。
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