いりぐちアルテス 007
山崎 太郎(著)
四六判 376頁 並製
価格 2,200円 (内消費税 200円)
ISBN978-4-86559-153-8 C1073
在庫あり
奥付の初版発行年月 2017年03月 書店発売日 2017年03月28日 登録日 2017年03月01日
毎日新聞 朝刊 |
途方もないスケールの大きさ、奥行きの深さなどから、「音楽史上もっとも敷居の高い作品」のひとつとされる楽劇《ニーベルングの指環》を、ワーグナー研究の第一人者がわかりやすく解説。興奮の「リベラルアーツ講義」、開講!
難攻不落の「音楽の城」を攻略せよ!
マニアもビキナーも黙らせる究極の入門書。
ドイツ・オペラ最大の金字塔、《ニーベルングの指環》。
その途方もないスケールの大きさ、さまざまな学問・芸術領域におよぶ奥行きの深さなどから、「音楽史上もっとも敷居の高い作品」のひとつとして知られるこの楽劇を、ワーグナー研究の権威でドイツ文学研究者の山崎太郎氏が、文学、哲学、歴史学、社会学、心理学、文化人類学など人間のいとなみすべてに連関する総合的なテクストととらえ、初心者にもわかりやすく解説。
知的冒険に満ちた興奮の「リベラルアーツ講義」、開講!
前口上
第1講 ワーグナーの生涯と《ニーベルングの指環》の成立
第2講 《ラインの黄金》──神々の人間喜劇
第3講 《ヴァルキューレ》(1)──ヴェルズングの物語[その1]
第4講 ライトモチーフ
第5講 《ヴァルキューレ》(2)──ヴェルズングの物語[その2]
第6講 《ヴァルキューレ》(3)──未来への布石
第7講 《ジークフリート》(1)──逆説だらけの牧歌
第8講 《ジークフリート》(2)──森と世界のトポロジー
第9講 《神々の黄昏》(1)──末世の諸相
第10講 《神々の黄昏》(2)──救済のパラドクス
あとがき
【引用文献について】
【台本・CD・DVDの入手について】
前口上
皆さま、ようこそ。本書は概説書ないしは解説書でもなければ、ましてや専門の研究書でもなく、あくまでも一冊の入門書でありたいと願い、そのことを徹底的に意識して書き下ろしました。最初から最後まで、平易な話し言葉で皆さんに語りかけるスタイルをとっていますので、むしろ入門講座といったほうがふさわしいかもしれません。いわば読者の皆さんはワーグナーの《ニーベルングの指環》の魅力を知りたいと願って、ひとつの場に集った聴衆というわけです。
とはいえ、話が進むにつれ、皆さんがイメージとして抱いていた、いわゆる「入門書」とはこいつはちょっと毛色が違う、はたしてこれを「入門講座」と呼んでよいものかという疑問を多くの方が抱くようになると思います。以上はあえて意図的にそうしたものです。本講座のめざす方向をご理解いただくために、まずは私の考えを解きほぐして説明しましょう。
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入門とは、ある対象が織りなすひとつの世界に人々を導き入れることであり、その人々はまずは門を通って、その世界に入ってゆくことになります。その入口のところに、この世界に入ってゆくための前提となる知識や約束事の説明などが書いてある。これが一般的な入門書・入門講座のイメージだと思います。
世にあまたあるオペラ入門書の多くも、このような考えにしたがって、オペラとは何かという説明に始まり、ジャンルの歴史を概観しつつ、代表的な作品を網羅しながら、作者と作品成立にかんする情報、あらすじ、見どころ・聴きどころといったオペラを鑑賞するさいに不可欠の諸項目をわかりやすく整理して並べています。言い換えるならば、対象を理解しやすくするため、難しそうなこと、混乱しそうなこと、とっつきにくい要素などはあえて切り捨てて、「オペラなんて難しく考える必要はない、こんなに簡単なんだよ」と紹介するわけです。
でも、じつはこの点がちょっと問題でして、こうした導き方は入門者の視野から対象がもつ奥行をあらかじめ閉ざしてしまうことにもなるのではないでしょうか。広々とした入口の向こうには深い森のようなものがあって、どうもそこには謎に満ちているけど、とてもおもしろく、わくわくするような何かが潜んでいる。入門書が書かれるほどの対象ならば、いずれもそのような魅力をもっていると考えてよいでしょうし、入門書の究極の目的も、こうした奥の世界に入門者を引き込んでゆくことにこそあると思うのですが、あまりに入口がすっきりと整備されており、しかも奥行がまったくみえないと、多くの入門者は「ああ、こんなものなのか、もうわかった」と感じて、ただそこで得た情報をみやげに、門をふたたび出ていってしまうことにもなりかねません。
とくに今はインターネットなどのメディアを通して、あらゆる情報が手軽に入手できる時代です。たとえばオペラの作品であれば、まずWikipediaで必要な情報を手に入れ、YouTubeで検索した映像を十〜二十分程度流す。それでわかったような気になっておしまい、ということもありうるわけで、そうなると、その人のオペラとのかかわりは、公演を訪れるどころか、CDやDVDを購入して全曲を視聴するところまでも行き着くことなく終わってしまいます。
そのような状況にあって、情報が整理されすぎた入門書・入門講座の形態はかえって仇となるかもしれません。そもそも、人は初めから完全に理解できてしまうものにはあまり惹かれないものです。だからといって、もちろん、まったくわからない、ただ難解に思えるだけのものに惹かれるはずもない。わかりそうでわからないもの、あるいはこの部分はわかって、とっかかりはあるけど、まだ完全に理解できているという確信にはいたらないような対象にこそ、人の心は魅力を感じるのではないでしょうか。
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というわけで、本講座では対象の難しさや奥行をあえて隠さず、目の前に垣間見せることで、皆さんをいきなり長い道に誘い、引き込んでゆくことをめざします。入門書にはふつう書かれることのないような内容、いやそれどころか専門の研究のなかでも、最先端というと少々おこがましいですが、これまであまり論じられたことのない私独自の解釈といったものまで、あえて隠さず、述べることにしましょう。
というのも、数十年もこの対象にかかわってきた私自身がなぜいまだにワーグナーに惹かれるのか、現在の私が作品のどのような点に興味を感じているのか、という今の自分の立ち位置を明らかにすることなしには、ワーグナーの魅力を皆さんにお伝えしきれないと感じるからです。もちろんワーグナーの作品鑑賞と研究という面では私は専門家としてキャリアを重ねてはおりますが、それでも私の関心と興味は、この場にいる多くの皆さん、ことにワーグナーにかんするなんらの知識も先入観ももたない方々とも共有しうるものではないでしょうか。
それは何よりも、《ニーベルングの指環》が自然界を含む広い世界の事象を視野にとらえながら、人と人との関係、個人と社会の関係、人間たちの生態、そこに渦巻くありとあらゆる感情をさまざまな角度から描き出した、普遍的・宇宙的という両方の意味で真にユニヴァーサルな作品だからです。そうした理解のためにも、ここでは文学テクストとしての作品の値打ちを強調しておきたいと思います。《指環》の台本はけっして、美しい音楽をそこに乗せるための便宜的媒体にとどまるものではありません。そのテクストは古今東西の文学作品とも連想の糸によってつながり、哲学、心理学、歴史学、社会学、文化人類学など人間の営みを探求し、考察するさまざまな学問分野とも結びつきながら、私たち自身の思考をうながし、感性を刺激する潜在的エネルギーを宿しているのです。
そもそもワーグナー自身が、音楽家という枠のなかにはけっして括ることのできない人物でした。演出も自分で手がけ、はては自作専用の劇場を造って、今日世にあまたある芸術フェスティヴァルの先駆けとなる音楽祭を開催するという事業家の一面ももっていました。また執筆活動はオペラの台本のみならず、芸術論から社会的・政治的な問題に対する発言、さらには女性論にまで広がっているのです。これもすべて、ワーグナー自身が世のあらゆる事象について関心をもっていたことの表れでしょう。そうしたことのすべてが、彼のライフワークと呼んでもよい《ニーベルングの指環》という巨大な作品に注ぎ込まれているのだとすれば、その魅力を紹介する私の話も、入門書が前提とする枠を大きく飛び出して外へと広がり内へと深まる、規格外れのものとなるのも許されるのではないでしょうか。
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とはいえ、やはり入口はやさしくわかりやすく皆さまをお招きするものでなければなりません。本書の構成上も、最初に扱う第一作《ラインの黄金》の話はなるべくシンプルに、そして第二作《ヴァルキューレ》から先へ進むほど、話の量も増え、第三作《ジークフリート》、第四作《神々の黄昏》にいたって、そうとう突っ込んで複雑な内容をともなったものになってゆくというかたちをとります。いってみれば、読み進むにつれて、皆さま自身の理解がどんどん深まり、関心も広がってゆくことを前提にするわけですが、じつはこれはワーグナー自身が《指環》四部作の創作においておこなっていることにほかなりません。軽やかな喜劇性をともなった《ラインの黄金》からひとつの世界の滅びを描く《神々の黄昏》まで、作品の規模もどんどん膨らんでゆきますし、作曲技法の上でも、聴き手の耳の記憶の蓄積を前提としながら、音のからみや構成がどんどん複雑になってゆくのです。
お待たせしました。それではいよいよ、いちばんはじめの入口に皆さまをご案内しましょう。
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