Books〈ウト〉
アンナー・ビルスマ(著) / 渡邊 順生(著) / 加藤 拓未(編・訳)
A5判 272頁 上製
価格 4,180円 (内消費税 380円)
ISBN978-4-86559-148-4 C1073
絶版
奥付の初版発行年月 2016年10月 書店発売日 2016年10月05日 登録日 2016年08月26日
毎日新聞 朝刊 | |
産經新聞 朝刊 |
草創期の古楽運動を牽引したバロック・チェロの巨匠と日本を代表するチェンバロ奏者による対話。レオンハルト、ブリュッヘンらとの交友、愛器、バッハほかの音楽論・演奏論を語り尽くす。未発表ライヴCD付き!
古楽運動を牽引したバロック・チェロの巨匠が
初めて語る「音楽」「楽器」「人生」。
A.ビルスマ+渡邊順生による未発表ライヴCD付き!
音楽は「言葉」。
そして、演奏とは「語る」こと。
草創期の古楽運動を牽引したバロック・チェロの巨匠と日本を代表するチェンバロ奏者による対話。
レオンハルト、ブリュッヘンらとの交友、「セルヴェ」ストラディヴァリウスをはじめとする名器・愛器、バッハ《無伴奏チェロ組曲》をめぐる音楽論・演奏論を語り尽くす!
アルテスの古楽本シリーズ「Books〈ウト〉」創刊第2弾!
未発表ライヴCD付き!
A. ビルスマ+渡邊順生「佐々木節夫メモリアルコンサート」
1999年10月15日、日本福音ルーテル東京教会
プロローグ(加藤拓未)
第1部 音楽活動、仲間たち、そして人生
シモン・ゴルトベルク
父のこと
ハーグ王立音楽院への入学
恩師レーヴェン・ボームカンプ
ネーデルラント歌劇場管弦楽団
カサルス・コンクール優勝
スランプ
ブリュッヘンとの出会い
音楽家の「キャリア」について
アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
古楽へのシフト
テレマン《パリ四重奏曲》の録音
初期の活動──ブリュッヘンとレオンハルト
ヴォルフ・エリクソン
オランダ古楽界のこと
ロンドム・カルテット
フェラ・ベッツとの出会い
ラインベルト・デ・レーウ
マテイス・フェルミューレン
ブダペストのリスト賞
バッハの《無伴奏チェロ組曲》に取りくみ始めた頃
ハルモニア・ムンディでの録音
「セルヴェ」ストラディヴァリウスとの出会い
旅する音楽家
日本人の古楽演奏家とその聴衆
アムステルダム音楽院
チェロのレッスン
弟子たち
鈴木秀美
ラルキブデッリ
音楽文庫
私の病気について
理想の演奏会
ビルスマ・アルバム(写真コーナー)
第2部 チェロ、センツァ・バッソ
チェロについて
所有している楽器
ピッコロ・チェロ
セルヴェ=ストラディヴァリウス
バロックとモダン チェロの構造の変化について
・エンドピン
・ガット弦
・スティール弦
・弓について
・ピッチの上昇
音楽は「物語」
重要な音、重要でない音
「語る」音楽
聴衆とともに演奏する
「線の太い」音楽と「語る」音楽
バッハのセンツァ・バッソ
バッハの無伴奏楽曲とは?
三つの通奏低音手法
アンナ・マクダレーナ・バッハの写本について
第3部 《無伴奏チェロ組曲》の奏法
「ボウイングの原則」一一箇条
バッハの「エトセトラ」と「ゼクヴェンツ」
《無伴奏チェロ組曲》第1番
1)プレリュード
2)アルマンド
3)クーラント
4)サラバンド
5)メヌエット
6)ジーグ
◎フランス様式とイタリア様式のボウイング
《無伴奏チェロ組曲》第2番
1)プレリュード
2)アルマンド
3)クーラント
4)サラバンド
5)メヌエット
6)ジーグ
◎運指法にかんして
《無伴奏チェロ組曲》第3番
1)プレリュード
2)アルマンド
3)クーラント
4)サラバンド
5)ブーレ
6)ジーグ
◎六つの組曲が作曲された順番は?
《無伴奏チェロ組曲》第4番
1)プレリュード
2)アルマンド
3)クーラント
4)サラバンド
5)ブーレ
6)ジーグ
◎ヴィオラ演奏説
《無伴奏チェロ組曲》第5番
1)プレリュード
2)アルマンド
3)クーラント
4)サラバンド
5)ガヴォット
6)ジーグ
◎ヴァイオリンの名手バッハ
《無伴奏チェロ組曲》第6番
1)プレリュード
2)アルマンド
3)クーラント
4)サラバンド
5)ガヴォット
6)ジーグ
第4部 音楽について、そしてボッケリーニ
「文化」と「芸術」の違い
演奏家について──グレン・グールド、パブロ・カサルス
室内楽
ヴィヴァルディの音楽
ベートーヴェン
モーツァルトの協奏交響曲(未完成)の第1楽章
ボッケリーニ
弦楽五重奏曲の録音
作曲家ボッケリーニについて
「ボッケリーニのメヌエット」
ボッケリーニの音楽と時代精神
ボッケリーニの弱音表示
「人を楽しませる」音楽
ハイドン、ベートーヴェンとボッケリーニ
ボッケリーニの「サウンド」
シューベルトへの影響
ボッケリーニの消滅
ビルスマの思い出と彼の芸術(渡邊順生)
ビルスマの思い出
◆ビルスマの演奏
◆佐々木節夫メモリアル・コンサート
ビルスマのレコード
◆アンナー・ビルスマ・コレクション
◆ヴォルフ・エリクソンとダス・アルテ・ヴェルク・シリーズ(テレフンケン)
◆セオンとBASF
◆一九八〇年代の録音
◆ヴィヴァルテと一九九〇年代
◆ベートーヴェンのチェロ・ソナタ
◆バッハの無伴奏チェロ組曲のDVD
付録:CD楽曲データ
プロローグ(加藤拓未)
二〇一三年八月二〇日、私はオランダのスキポール空港に到着した。これから一週間にわたって、渡邊順生氏とともにチェロ奏者のアンナー・ビルスマさんにロング・インタヴューを敢行し、それを翻訳して本にまとめるためである。
「アンナー・ビルスマ」
この名を聞いて、「古楽」ファンであれば知らない人は、まずいないだろう。バッハをはじめとする一九世紀以前の音楽を「当時の楽器(古楽器)」で演奏する有効性にいち早く気づき、一九六〇年代から、グスタフ・レオンハルト、フランス・ブリュッヘンらとともに、いわゆる「古楽ブーム」を切り開いてきた、現代の生ける「レジェンド」のひとりだ。彼が録音した、バッハの《無伴奏チェロ組曲》のCDを今でも愛聴しているというファンも少なくない。渡邊順生氏は鍵盤楽器奏者として、ビルスマさんと過去に何度も共演を重ねた旧知の仲であり、その縁あって今回の企画が実現したのである。
ビルスマさんは、アムステルダムにあるフォンデル公園の付近に住んでいる。そこで、私は空港から移動し、公園の外れにあるアムステルフェーン通り近くのホテルに陣取った。
フォンデル公園(Vondelpark)はアムステルダムの南西区にあり、市街地のなかでも最大級の面積を持つ公園で、いわば都会のなかのオアシスのような空間だ。一八六五年に開設され、当時は「新公園(Nieuwe Park)」と呼ばれていたが、後に一七世紀の作家ヨースト・ファン・デン・フォンデルにちなみ、現在の名称に変更された。滞在中、ビルスマさんの家とホテルを往復するさい、何度もこの公園を通り抜けたので、すっかりなじみの場所となった。園内では、ピクニックを楽しむ家族連れや、ジョギングをする人をよく見かけ、そうしたのどかな光景に加えて、広大な美しい緑に、いつも癒される思いがした。
翌二一日、コンセルトヘボウの並びにある「スモール・トーク(Small Talk)」というカフェの前で、先に現地入りしていた渡邊氏と待ち合わせた。ビルスマさんの家は、そこから歩いて一〇分くらいの閑静な住宅街のなかにある。お宅のそばには立派な教会があって、とても印象的なのだが、現在はもう使われていないという。青緑色の玄関の前にたどりつき、ふと玄関の表札プレートに目をやると、こうあった。
A. Bijlsma
V. C. Beths
この玄関の向こうに、あの「レジェンド」がいるわけである。「いよいよか……」と、少し引き締まった気持ちを覚えた瞬間、渡邊氏が玄関の呼び鈴を押した。なかから「入っておいでよ」という声が聞こえ、渡邊氏は手馴れた感じで、玄関のドアを押し開けた。玄関からすぐ右手にある部屋に入ると、そこがキッチン兼ダイニング兼リビングの広い部屋となっていた。そこで歩行器とともに立っていたのが、アンナー・ビルスマさんである。
ビルスマさんは、ニコニコと穏やかな笑顔で、私たちを歓迎してくれた。かたわらには、奥様でヴァイオリンの名手であるフェラ・ベッツ夫人もいた。われわれは、中庭の見えるリビングに案内され、私を挟むように左側にビルスマさんが、そして右側に渡邊氏が着席した。ただし、ビルスマさんは、ふつうの椅子ではなく、歩行器の上に腰かけている。脚に力が入らないせいか、腰かけたり、立ち上がったりするのに難儀されていたので、そのたびに手伝おうとすると、「ダメ、甘やかしちゃダメだよ」と言って、あくまでも自力にこだわって立ち座りをされていた。こうしたなか、ビルスマさんへの一週間におよぶインタヴューが始まったのである。
インタヴューは、渡邊氏による質問に対し、ビルスマさんがそれに答える形で進められたが、ビルスマさんは、とても精力的に話してくださった。その受け答えは、すべて英語でおこなわれた。お会いする前は、CDのジャケット写真から連想する「繊細で気難しい巨匠」の印象を抱いていたが、それはまったくの杞憂に終わった。実物は、とても気さくなキャラクターだ。まじめに自分の音楽哲学を語っていたかと思うと、それはいつのまにか脱線し、ジョーク話へと変わった。話のオチはほとんど冗談になってしまう。あの《無伴奏チェロ組曲》を演奏する崇高な姿と、目の前にいる、この「ひょうきんな巨匠」の姿は、ちょっとしたギャップだ。
要するに、ビルスマさんは、サービス精神が旺盛なのだ。自分と面会する人には、自分と会って話をしたことで、少しでも幸せを感じて帰ってほしいと、日々願っているのだろう。
それからビルスマさんは、コーヒーがお好きだった。インタヴュー中、よくコーヒーをおかわりしていた。そこで、渡邊氏が近所のコーヒー専門店でコーヒーメーカー(カプセル方式で一〇種類以上の味が楽しめるという代物)を入手し、ビルスマさんにプレゼントしたところ、とても喜ばれた。そのおかげか、それ以降、インタヴューの内容がいっそう充実したものになった気がする。
ビルスマさんのお話のなかで、私がいちばん強く印象に残っているのは、彼が「音楽は愛だ」と語ったときである。これは、ビルスマさんの本質そのものではないかと思った。
ビルスマさんはバッハの音楽を「愛」しているから、「バッハが本当に考えていたこと」を求めずにいられない。そんな彼にとって、現代の音楽界の常識や、伝統的な解釈など足枷にすぎない。というか、バッハの音楽とは、無関係にしか思えないに違いない。だからこそ《無伴奏チェロ組曲》を弾くうえで、市販の楽譜では飽き足らず、バッハがじっさいに手にし、見たと思われる、夫人のアンナ・マグダレーナ・バッハによる写本にこだわり、そこからバッハの本当の創作意図を見極めようとするのである。
このアンナ・マグダレーナ写本は、現在のバッハ研究では、筆記ミスの多い不正確な資料と見られている。そのため、出版譜の多くは、校訂者が自分なりの解釈をほどこしたものとなっており、またじっさいの演奏でも、ほとんどの奏者が自己流の解釈を加えてしまっている。
しかし、ビルスマさんはバッハを愛しているからこそ、その「バッハが愛した妻」が一所懸命に書き写した筆写譜を、無下に「間違いだらけ」と退けることができないのである。ビルスマさんも、音楽家である奥様をとても愛しているから、なおのことバッハがどういう気持ちで、自分の作品の筆写を妻に頼んだのか、他人事とは思えないのだろう。
だからビルスマさんは、ほかの誰よりも律儀にアンナ・マグダレーナ写本に立ち返り、演奏解釈を定めている。そこには、巨匠にありがちな驕りなど微塵もない。彼はじつに厳しく、バッハにもっとも近い資料を尊重した解釈を展開する(その動機は「愛」だ)。楽譜の所々を、ちょこちょこと少しずつ、我流で勝手に書き直している出版譜や演奏より、ビルスマさんの姿勢は、ずっと実直だ。
今回のインタヴューを通して、アンナ・マグダレーナ写本のコピーを参照しながら話すビルスマさんの姿にくり返し接した。そして人情味あふれた見方をしながらも、資料をもとにしたその客観的な解釈は真剣に傾聴すべきものだと、あらためて実感した。こうした姿勢は、ボッケリーニやベートーヴェンといった、ほかの作曲家に取り組む場合でも同じである。
さて、ぜひページをめくって読み進めてもらいたい。そこには、ビルスマさんの「愛」が、いっぱいにつまった言葉が、数多く並んでいる。そして、この愛すべきレジェンドの言葉をとおして、彼が感じ、表現してきた広大な音楽世界の一端でも、読者のみなさんに共有していただければと思う。
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