谷 正人(著)
A5判 132頁 上製
価格 2,750円 (内消費税 250円)
ISBN978-4-7998-0190-1 C1073
在庫あり
書店発売日 2021年01月14日 登録日 2020年12月09日
イラン伝統音楽の即興演奏を研究してきた著者が、自ら即興演奏を実践し、試行錯誤するなかで、イラン音楽の即興演奏が、声・楽器・身体・旋法といった複数の要素の相互作用によって成立していることを明らかにしていく。
本書は、これまでイラン伝統音楽の即興演奏を研究してきた著者が、自ら即興の実践を行い試行錯誤するなかで得た様々な知見をもとに考察を行ったものである。著者が専門としているサントゥールという打弦楽器のみならず、他の複数の楽器や声楽・ペルシア古典詩、更には即興演奏や曲作りのレッスンなど、多様な音楽教授の現場への参加。イラン音楽の即興演奏が、声・楽器・身体・旋法といった複数の要素の相互作用によって成立していることを、「声の模倣という難題と対峙する打弦楽器」「指から音楽を理解すること」「楽器ごとの身体性の違いから来る即興演奏の自由度の差」「従来のサントゥール語法と近年の語法との比較」など、多様なテーマを通して明らかにする。
はじめに
本書の構成
■第1章
「個性」はいかに研究可能(記述可能)か?
1 | はじめに
2 | 習得するラディーフによる違い
3 | 社会的・個人的な「手癖」
4 | おわりに
■第2章
歌謡における言葉のリズムと音楽のリズム
1 | はじめに
2 | ケレシュメの場合
3 | サーギーナーメ の場合
4 | チャハールパーレの場合
5 | まとめ
■第3章
打弦楽器を巡る試行錯誤
―インドとイランのサントゥール
1 | はじめに
2 | サントゥールという立場
3 | カシミールからヒンドゥスターニー音楽へ
4 | 声の模倣という難題
5 | イランにおける異なった帰結―器楽的性格の強化へ
■第4章
指で感じ理解すること
―楽器間で異なる身体感覚の研究に向けて
1 | はじめに
2 | 楽器間のヒエラルキーさえ引き起こす音楽体験の差異
3 | サントゥールとセタール(およびタール)の
身体性の違い
4 | 手の構え(指の配置)から認識されるテトラコード
5 | 指から気付くという優位性
6 | おわりに
■第5章
サントゥール演奏の新しい身体性
― 楽器盤面の地政学へ向けて
1 | はじめに
2 | 新しいバチ使い―ミ・ファ間の分断を巡って
3 | 重音時のバチ配置―合理性への追求
4 | 打弦ポイントを巡る哲学
5 | 普遍化する「弾きにくさ」
6 | 高音が左側に配置されていることの意味
―楽器盤面の地政学に向けて
■第6章
ラディーフから何を学ぶのか?
1 | グーシェ間の関係性への気付き
2 | 4 種のテトラコード の把握
―モードギャルディ( 旋法間の移動)の ための橋渡し
3 | グーシェ内の構造と
それに応じた旋律の展開方法についての気付き
4 | グーシェの移転
5 | 一時停止(未決)音タアリーグの把握
6 | 終わりに
あとがき
索引
本書は、これまでイラン伝統音楽の即興演奏を研究してきた筆者が、自ら即興の実践を行い試行錯誤するなかでの様々な気付きを記したものである。以下にその経緯を記したい。
イラン音楽の即興演奏はダストガーと呼ばれる旋法体系に基づいている。イランに生まれ育ったわけでもなく二十歳頃になって異文化としてこの音楽と出会い学び始めた筆者にとって、このダストガーという規範を理解・解明することは何よりもの優先課題であった。その成果のひとつは前著『イラン音楽―声の文化と即興』(青土社、2007)だが、そこでは「音楽を視覚的に捉えない(楽譜を介さない)メンタリティ」に着目しながら、学習者がどのようにダストガー像を形成し即興演奏を行っているのかについて考察した。この研究を含めてこれまで筆者は、演奏をするという経験のなかから研究テーマを導き出してきたが、その後筆者にとって「演奏する自分」はますます重要性を増すこととなった。なぜなら前著においてイラン伝統音楽を「先人達のラディーフから自らのラディーフを生み出すという不断の営み」と述べたように、年を追うごとに筆者のなかでは、演奏者としてダストガーという規範を自由に使いこなし自らの音楽としてもっと即興演奏を行えるようになりたいという思いが強くなっていったからである。そして研究者としても、その習得プロセスなどの経験の内実を何とか言語化したいと考えてきた。
一般的には、研究者が自らを研究対象とすることは批判の的となりがちである。対象から客観的な距離が取れない、過度な一般化が生じやすい、サンプル数が少なすぎる、などがその理由となるだろう。しかしその一方で、ダストガーを自分のものとして使いこなしたいと切に希求する立場だからこそ浮かび上がってくる、徹底的に具体的な問いがそこにはある。
「即興演奏に際し、音楽家はどの程度多層的な引き出しを、どのような具体的な手掛かりや選択肢を持っているのか?」「その引き出しや手掛かりは、演奏する楽器によってどの程度異なるものなのか? そもそも、自分が弾いたことがない(≒既知の楽器とは異なった身体性を持つ)楽器を通して経験するイラン音楽の世界とはどのようなものだろうか?」「演奏のその瞬間に古典詩の韻律はどう関わっているのか?」
こうした問いは、「未知の世界に参入しようとする自分」「なかなか上達しなかった自分」を立脚点とするからこそ、類似の悩みを抱えるものにも役立つ問いとなる。サントゥール奏者かつイラン音楽研究者としての立場も持つ筆者が、自らをサンプルにすることの意義はここにある。さらにこうした、一般的な研究者からすればあまりにも特殊・個別的とされかねない問いやそれに対する答えは、残念ながら音楽家たちの間ではあまり言語化されておらず、だからこそ即興演奏を目指すものにとっては、非常に有益な情報なのである。
そうした「一人称」の目線に立ったとき、なぜ即興演奏が思うようには上達しないのか、その要因について筆者には思い当たる節があった。それは、自分にはサントゥールについての経験は長くあるが、逆にいえばそれしかないという点であった。確かに、後述するように、即興演奏や音楽創りのためには、それまで行っていたような、ある特定の楽器のレッスンを受けるだけでは全く不十分なのである。
例えば、イラン音楽はペルシア古典詩と密接な関係を持っており、その韻律や世界観を理解する機会はまた別に確保する必要がある。またそれをアーヴァーズ(声)として実際に歌うことは、器楽奏者にとっても音楽表現の観点から、ある一定の経験や技量としてあったほうが望ましい。
またダストガーという旋法体系を理解するためにはラディーフを学ぶ必要があるが、そのルーツとされているミルザー・アブドッラー(1843-1918)伝承のラディーフは、タールやセタールという撥弦楽器を前提として体系化されている。しかし例えばサントゥール用に編纂されたラディーフは、サントゥールの構造上の限界から、タールやセタール用のそれと比べると簡素化せざるを得ず、結果として学ぶべきグーシェが削られ、モードギャルディ(ある旋法から別の旋法へ移動すること)という、即興演奏を行う際の大きな選択肢が不開示となるのである。また第4章で詳述する通り、タールやセタールあるいは擦弦楽器キャマンチェなどでラディーフを学ぶことは、聴覚だけではなく指の配置からもダストガーを構成するテトラコード(4音列からなる完全4度の枠組み)を理解することにも繋がっている。つまりその意味で、タールやセタールによるラディーフ演奏経験を何らかの形で持つことは、サントゥール奏者の経験とは全く異なった世界――しかしイラン音楽の中ではむしろそちらのほうが主流となっている世界を知るためには必要なのである。
これまで継続してきたサントゥールについても、ある特定の「流派」のみに留まるのではなく、別の系統の師匠に師事することで見える世界は大きく変わってくる。例えば第5章で詳述する通り、従来のサントゥール奏法の語法と、近年の超絶技巧を含む新しい身体性による語法は全く別物であり、そうした新しい語法を含むレパートリーやそれを可能にしている身体性やメズラーブ(バチ)の持ち方についての知見は、即興演奏の引き出しを広げる上で有益だと言えるだろう。
このような考えのもと、筆者は2014年以降、それ以前とは全く異なった方針―メイン楽器であるサントゥールだけではなく、できるだけ多くの楽器や声楽・ペルシア古典詩のレッスンを、さらには即興演奏や曲創りのレッスンにも参加し参与観察を行った。その結果、即興演奏にあたってのヒントや選択肢が以前に比べより具体的な形で蓄積されつつある。すなわち本書は、これらのレッスンの現場をフィールドとして得た多様な気付きをいくつかのテーマのもとに再構築したものと言える。(後略)
本書は、これまでイラン伝統音楽の即興演奏を研究してきた筆者が、自ら即興の実践を行い試行錯誤するなかで得た様々な知見をもとに考察を行ったものです。
「即興演奏に際し、音楽家はどの程度多層的な引き出しを、どのような具体的な手掛かりや選択肢を持っているのか?」「その引き出しや手掛かりは、演奏する楽器によってどう異なるものなのか?」「そもそも、自分が弾いたことがない(≒既知の楽器とは異なった身体性を持つ)楽器を通して経験するイラン音楽の世界とはどのようなものだろうか?」
このような問いに対して著者は、専門としているサントゥールという打弦楽器のみならず、他の複数の楽器や声楽・ペルシア古典詩、更には即興演奏や曲作りのレッスンなど、多様な音楽指導の現場へ直接参加し――自らを研究対象とすることを通して――取り組んでいきます。
本書では、「声の模倣という難題と対峙する打弦楽器」「指から音楽を理解すること」「楽器ごとの身体性の違いから来る即興演奏の自由度の差」「従来のサントゥール奏法の語法と、近年の超絶技巧を含む新しい身体性による語法の比較」など、多様なテーマを通し、これまで音楽家たちの中では明確に言語化されてこなかった側面――イラン音楽の即興演奏が、声・楽器・身体・旋法といった複数の要素の相互作用によって成立していること――を明らかにしていきます。
在庫あり
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