西尾 哲夫(編著) / 水野 信男(編著) / 飯野 りさ(著) / 小田 淳一(著) / 斎藤 完(著) / 酒井 絵美(著) / 谷 正人(著) / 椿原 敦子(著) / 樋口 美治(著) / 堀内 正樹(著) / 松田 嘉子(著)
A5判 384頁 並製
定価 3,960円 (内消費税 360円)
ISBN978-4-7998-0154-3 C1073
在庫あり
奥付の初版発行年月 2016年09月 書店発売日 2016年09月23日 登録日 2016年09月03日
図書新聞
評者:青柳孝洋 |
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月刊みんぱく | |
音楽の友
評者:小沼純一 |
研究者が現地で体験した成果を論文にまとめた。基礎知識を解説した章や座談も収載。中東世界の音楽文化の全貌を知ることができる。わかりやすい文章で書かれており、中東世界の文化的背景を知るために欠かせない基礎資料。
今日、イスラム文化圏に属する中東世界は人類最古の文明発祥地をかかえ、世界の音楽文化の根源と基底をかたちづくってきた。音楽文化はこの中東から人類史を通じて東西の世界に拡散していったとも言える。「西洋文明の源流は中東にある」としばしばいわれるが、本書では、その音楽文化が、中東と西洋を舞台に互いに越境しあい、縦横に行き来し、展開し、深化しつづけている実態を分析し論じている。フィールドワーカーである著者達による現地での生の音楽の体験・記録・分析が、中心となった論文集で、中東世界(諸国)の音楽文化の伝統の現状を、たんねんな現地調査・体験をとおして縦横に論じている。それぞれの論文は、民族音楽学、文化人類学の視点をふまえながら、中東世界の音楽文化を、斬新な切り口と手法で観察・体験・分析。中東世界の音楽文化の、不断にうまれかわっていく伝統の一端を、ここでは、「繋ぐ」、「継ぐ」、「紡ぐ」、「創る」という新たな4種の切り口で詳述している。論文集ではあるが、誰にでも読みやすく書かれており、特に冒頭の基礎解説と最後の座談では平易に理解できるように全体の内容が解説されており、中東世界の音楽の入門書としても十分活用できる。
まえがき(西尾哲夫・水野信男)
本書を理解するための序章(水野信男)
I 伝統を繋ぐ ー大衆音楽という公共空間ー
1 歌に読み込まれた「千夜一夜」 ーウンム・クルスームのレパートリーにみる(水野信男)
2 イランにおける「ポピュラー」音楽の変遷 ー高尚/低俗の二項対立を超えて(椿原敦子)
3 ベリーダンサーは何を表現しようとしているのか? ー舞踊における意味の深みへ(西尾哲夫)
Ⅱ 伝統を継ぐ ー共鳴する個性ー
4 サントゥール演奏の新しい身体性 ー「楽器盤面の地政学」へ向けて(谷正人)
5 東アラブ地域における〝古典器楽〟の成立 ー音楽家サーミー・アッシャウワーの功績(酒井絵美)
Ⅲ 伝統を紡ぐ ー包摂する感性ー
6 パリで故郷の歌を聴く ーモロッコ・スース地方出身の人びと(堀内正樹)
7 眩惑の反復 ーあるベルベル吟遊詩人の曲を巡って(小田淳一)
Ⅳ 伝統を創る ー民族音楽学という音楽空間ー
8 小泉文夫が伝えた中東の音楽 (斎藤完)
9 チュニジア「ラシディーヤ」伝統音楽研究所 ー歴史と現在(松田嘉子)
10 中東少数派の自己認識 ーあるシリア正教徒の音楽史観と名称問題(飯野りさ)
資料1 国民国家の中の伝統音楽 ーオマーンの事例から(樋口美治)
資料2 ラウンドテーブル
「交錯する芸術 ー中東と西洋ー」1
「交錯する芸術 ー中東と西洋ー」2
あとがき(西尾哲夫・水野信男)
まえがき
1.本書の趣旨
本書は、中東世界の音楽文化をめぐる伝統の変容とその現代的展開に焦点をあて、民族音楽学・文化人類学の視点から考察した論文集である。周知のように中東世界は、エジプトやメソポタミアなど世界文明の源流を擁している。ここで生まれはぐくまれてきた音楽文化は世界音楽のルーツを保持する一方で、宗教や民族をめぐる歴史とからみあいながら革新をくりかえしてきた。
本書を執筆した十一名はそれぞれに異なった研究領域を専門としているが、現地でのフィールド調査をとおして得られたデータをもとに、中東世界における音楽の現在のすがたを鳴り響くかたちのまま記述しながら、音楽をめぐる文化的伝統の現代的動態を描こうとしている。
人間は声による言語だけではなく、身体、道具、楽器などによる音を通じて何かを伝達している。音楽もふくめた文化という側面から人間と音の関係を考える視点が「音文化」である。音を主体としながら感性と身体性に依拠する音文化という枠組をとおして、アラブ・イスラーム文化を中心とする中東世界の音楽を分析し、西洋音楽の音楽概念を相対化しようとしたのが、本研究に先行する成果、西尾哲夫・堀内正樹・水野信男編『アラブの音文化ーグローバル・コミュニケーションへのいざない』(二〇一〇年、スタイルノート)である。
同書での研究成果を発展させた結果、わたしたちはひとつの問題意識を共有するようになった。なぜ音楽という現象は、内的にも外的にも不断に越境しながら異文化と接触し、変容していくのだろうか? 前著の姉妹編ともいえる本研究の主たる目的は、以下のように要約できる。まず、中東世界に暮らす人びとがはぐくむ多彩な音楽文化の現状を民族誌的に記述すること、次に、音文化という視点からみえてきた文化的越境を考察することのふたつである。この考察においては、境界の解体と再構築の様相、つまり境界の構築性や可変性(=以下、両特性を包括的に境界性と呼ぶ)に着目し、個々の人間が世界とつながっていく社会的(空間的)あるいは歴史的(時間的)位相のなかに、動態的な文化現象としての音文化を布置し直すことになる。
この意味において、本書は編者の西尾と執筆者の堀内が先に共同研究の成果として刊行した堀内正樹・西尾哲夫編『〈断〉と〈続〉の中東ー非境界的世界を游ぐ』(二〇一五年、悠書館)において考察した、中東世界における「世界のつながり方」をめぐって提出した分析概念としての「非境界的世界」(あるいはそれに対峙する境界的世界を生成する境界的思考へのアンチテーゼ)と同じアプローチを音楽文化というテーマに特化して試みたものともいえる。
中東世界では国家・宗教・宗派、民族・部族、言語などのさまざまな社会的・政治的・文化的な境界が一致することなく、複雑にからみあいながら存在している。それにもかかわらず、中東に暮らす人びとは幅広い人間関係を世界中に広げている。同書では、なぜそのような人間関係の構築が可能なのかという問いへのひとつの解答を提示した。つまり、一見強固にみえるさまざまな政治的・社会的・文化的・宗教的な境界が後景にしりぞいて、新たな人間関係がとりむすばれる際に前景に出てくる状況に着目し、これを「非境界的世界」と表現した。そして中東世界における非境界的世界を析出するために、個々の人間の生活世界から重層的に成立する世界のつながり方を描出した。
本研究は、アラブ文化圏を中心におきながらも、隣接するトルコ、イランなどの文化圏、さらにはベルベル人など先住民の文化圏も対象としており、中東世界の全体が調査範囲となっている。したがって空間的には中東世界のほぼ全域をあつかっており、宗教文化との関係ではイスラーム文化、キリスト教文化、ユダヤ教文化などが広く研究の対象となる。
一般に一民族のもつ固有の文化は生成当初の範疇を逸脱し、多様かつ柔軟に他の文化と衝突し、交わり、融合することで、まったく異なる新たな文化となっていく。境界の構築性や可変性を前提とする非境界的世界という分析枠組からながめると、中東世界の音楽文化は、内側で混淆と離反をくりかえしながら外側の周辺地域へと越境していき、豊かな展開を見せることになった。
本研究では、内的・外的に重層的な境界が解体あるいは再構築されていく非境界的な音楽空間としての伝統音楽の現代的変容をテーマとし、アラブ音楽、ユダヤ音楽、東方教会音楽などが相互に保持する境界性、フォークロア、伝統音楽、ポップミュージックなどの音ないしは音楽ジャンルのあいだの境界性、音楽生産社会と音楽消費社会が同時にかかえる新メディア化やグローバル化にみられる境界性、さらにイスラーム復興運動のなかの音楽伝統の地域性と境界性などにかかわる現代的動態を明らかにする。
中東世界の音楽文化は、その長い歴史を通じて世界音楽の源流の位置をかたくなにたもちつづけてきた。なかでも民俗音楽、芸術音楽、表演芸術(民俗舞踊)などは、過去の遺産にとどまるどころか、活発な創造活動にささえられている一方、たびかさなる民族の移動と動向に翻弄されながら変革の道をたどってきた。
「音楽の世界化」「地球音楽」「世界音楽」などというキーワードにみちびかれる近年の音楽動向の傾向に着目すると、中東世界の音楽文化の分析と体系化は、音楽伝統が国民国家や民族統合の象徴として機能するという近代主義的なイデオロギーを解体するだけではなく、「音楽に国境はあるか?」という普遍的かつ未解決の命題の解明にもつながっていく。
中東世界にかかわる個別の問いかけではなく、人間普遍に通じる問いかけに答える思考枠組のなか以外に、現代中東世界が直面している問題解決を志向する手立てはない。民衆や大衆という無標の人びとの生活空間における文化伝統を公共文化として再構築し、これが国民国家形成の基盤となり得るのかどうかという問題と対峙しなくてはならない。中東地域の民主化運動の文化的側面を解明するには、このような作業が必須かつ急務であると確信する。
2.本書の構成
本書では、中東世界における音楽文化が近代以前の音楽伝統といかに連続しているか、あるいは切断されているかについて、音楽伝統の変容に関与する四つの観点からフィールド調査による具体的な事例研究によって音楽文化の現代的動態を解明する。
「伝統を繋ぐー大衆音楽という公共空間」と題する第一部では、ラジオやテレビ等の登場によるマスカルチャーとしての文化の大衆化とそれに伴う公共性の獲得という観点から、大衆音楽としてのウンム・クルスームの歌のなかの伝統の問題(水野論文)、民衆音楽から新たな公共性を獲得しつつあるイランのポピュラー音楽のジャンル問題(椿原論文)、グローバル資源化された民衆文化としてのベリーダンスの民族性の問題(西尾論文)に関してそれぞれ考察を加える。
「伝統を継ぐー共鳴する個性」と題する第二部では、総体としての演奏手法やジャンル形式が問われてきた伝統的な民衆音楽や古典音楽のシーンにおける個々の演奏家やパフォーマンスの独創性の重視とそれに伴う芸術性の評価という観点から、イランの楽器サントゥールをめぐる演奏家の身体技法の独創性と伝統の問題(谷論文)、東アラブ地域の音楽シーンに導入された西洋楽器ヴァイオリンをめぐる演奏家の個性と伝統の変容の問題(酒井論文)に関してそれぞれ考察を加える。
「伝統を紡ぐー包摂する感性」と題する第三部では、グローバル化による人間移動や異文化との邂逅のなかで音楽伝統の内省的な文化的アイデンティティの分節化とそれに伴う象徴性の萌芽という観点から、パリに移住したモロッコ・スース地方の人びと(北アフリカの先住民であるベルベル人)による民衆文化としての伝承歌が伝統文化として資源化されることによる、集団的アイデンティティの再生の問題(堀内論文)、同じく北アフリカの先住民であるベルベル人の吟遊詩人の曲が伝統文化にかかわる特殊な感性を内包しながらも音楽と人間の関係性にかかわる普遍な感性を胚胎していることによる、文化的アイデンティティの創発に伴う間テクスト性の問題(小田論文)に関してそれぞれ考察を加える。
「伝統を創るー民族音楽学という音楽空間」と題する第四部では、中東世界の近代化に呼応するかたちで伝統的な学問風土に導入された「民族音楽学」という西洋的な音楽概念の制度化とそれに伴う境界性の形成という観点から、日本における民族音楽学のパイオニアであった小泉文夫の音楽観と中東世界の音楽文化へのまなざしが有する学問的境界性の問題(斎藤論文)、ヨーロッパにおける中東世界の民族音楽学的研究のパイオニアであるデルランジェ(デルロンジェとも)の思想につながるチュニジアの伝統音楽研究所における研究活動と音楽伝統の創出の問題(松田論文)、シリアにおけるマイノリティ集団であるシリア正教徒の人びとのあいだでの音楽伝統と集団的アイデンティティ確立における音楽史観の影響の問題(飯野論文)に関してそれぞれ考察を加える。
また以上の論考を補う資料として、日本では参考文献がまったくないオマーンの音楽文化の現状に関する報告ならびに、本書では十分に議論できなかった音楽伝統をめぐる西洋世界と中東世界の交流について特に芸術分野での検討をおこなったラウンドテーブルの記録を掲載しておく。
本書は「繋ぐ」、「継ぐ」、「紡ぐ」、「創る」という4つのキーワードから中東の音楽文化を分析しています。中東世界の音楽文化を新たな切り口で分析し体験することに成功した成果がまとめられているのです。新たな価値を創出しながら、人びとが生きる実践につながっているということ、つまり中東世界の音楽文化のまさに現代の状況について、現地で実際にその音楽や人々に接しながら収集した情報をもとにして研究した成果がまとめられています。
音楽の伝統は、不断に変容しつづけています。伝統とは、時代と地域で固定化することはありません。時代や地域を常に越境し旅し続けるのが音楽です。いわば、インターアーツとも言えるでしょう。「音楽に国境はない」と言われますが、実際にそれはどういうことなのか、現実にどうなっているのかを本書は掘り下げます。民族音楽と伝統音楽と芸術音楽の間に境界線はあるのか。民族音楽学と文化人類学がとらえた音楽のかたちが生き生きと描かれています。
こうした現場で得られた知見をもとにした研究成果がまとめられているわけですが、いずれもわかりやすく書かれた論文です。また、本書冒頭には、中東世界における音楽伝統がいかに成立してきたのか、西暦600年頃のベドウィンの伝承歌から現代のアラブ音楽に至るまで、平易に解説されています。この「本書を理解するための序章」を読むことで、論文を読むための基礎知識を得ることができるでしょう。さらに、最後に2回の座談会を収載してあり、各論文を総合的に見ることや理解を深める一助となっています。中東世界の音楽文化を知るための基本文献として大いに役立つことでしょう。
在庫あり
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