福岡 まどか(著)
A5判 228頁 並製
定価 3,300円 (内消費税 300円)
ISBN978-4-7998-0146-8 C1039
在庫あり
奥付の初版発行年月 2016年02月 書店発売日 2016年01月25日 登録日 2016年01月12日
咲耶出版大賞特別賞
毎日新聞 |
ジャワ島の芸能として観光客にも人気があるワヤン。影絵や、仮面劇、舞踊の他コミックにも展開されるワヤン。古代インド叙事詩ラーマーヤナとマハーバーラタにジャワ島の神話や物語も加わった物語世界の特色を考える。
インドネシア・ジャワ島の芸能として観光客にも人気があるワヤン。本書は、その物語世界について考察した。ワヤンとはバリ島やマレーシアにも見られる影絵をはじめ人形劇、仮面劇、舞踊劇、コミック等、様々な形で上演表現される芸能ジャンルの総称。古代インド叙事詩ラーマーヤナとマハーバーラタという、恋愛、冒険、戦いなどを軸に展開する壮大な叙事詩がもととなっており、それがジャワ島でいかに独自の変遷を遂げたか。また、ジャワ島に由来する神話や物語もその中に伝承されており、これらの物語世界の特色についても多方面から考察した。特に本書では上演の源泉となる独自の物語世界の特徴を、書物などの「書かれた」物語テクストと、芸能の中で「演じられる」物語、それぞれの特質について考察する。上演を観ることを通して認識される物語世界を考える。
第1章 ジャワの芸能、ワヤンとその物語
1・1 研究の目的と対象
1・2 ジャワ島の芸能ワヤン
1・3 この本の構成
1・4 ワヤンの上演
1・5 上演を取りしきる人形遣い
1・6 現代ジャワ社会におけるワヤンの位置づけ
コラム1 バリ島のワヤン
第2章 ジャワ島のワヤンにおけるラーマーヤナ
2・1 ジャワ島のラーマーヤナ
2・2 ラーマーヤナの二つの系統
2・3 ワヤンにおけるラーマーヤナ
2・4 観光というコンテクストにおけるラーマーヤナ
2・5 まとめ 各ジャンルにおけるラーマーヤナの特徴
コラム2 カンボジアの大型影絵 スバエク・トムにおけるリアムケー
コラム3 バリのケチャ
【参考資料】インドのラーマーヤナについて
第3章 ワヤンと叙事詩マハーバーラタ
3・1 ジャワ島のワヤンにおけるマハーバーラタ
3・2 マハーバーラタのジャワ島への伝播
3・3 主要な登場人物
3・4 ジャワ島のワヤンにおけるマハーバーラタの演目
3・5 登場人物像の形成
3・6 ジャワ島のワヤンにおけるマハーバーラタの特徴
3・7 創作活動の源泉としてのマハーバーラタ
コラム4 デワ・ルチ
【参考資料】インドのマハーバーラタ
第4章 ワヤンの様式性 演目の構成と登場人物の性格分類
4・1 演目
4・2 ワヤンの登場人物の性格分類
コラム5 仮面の性格
第5章 叙事詩のテクスト
5・1 R・A・コサシによるワヤン・コミック
5・2 マハーバーラタの作品 実例
5・3 マハーバーラタのエピソードの事例:「ジャヤ・スビタン」
5・4 コサシのコミックにおける叙事詩
5・5 登場人物の特徴
5・6 コミックというメディアの特色
5・7 叙事詩の普及
コラム6 西ジャワの伝説 サンクリアン
コラム7 西ジャワのルトゥン・カサルン物語
第6章 附論 ジャワ島固有の物語
6・1 ジャワ島固有の物語とワヤン芸能との対応関係
6・2 パンジ物語
6・3 ダマル・ウラン物語と人形劇
6・4 バタラ・カラの物語と影絵、人形劇
6・5 稲の起源神話
6・6 土地の由来を語る物語
6・7 ジャワ島固有の物語
コラム8 中部ジャワのランゲンドリヤン
コラム9 バリ島のムルワカラ−ジャワ島のムルワカラとの比較
コラム10 バリ島のチャロナラン物語
コラム11 バリ島のバロン・ダンス
第7章 結論 ワヤンの上演と物語世界
用語(人名)一覧表
引用・参考文献表
あとがき
この本はジャワ島の芸能ワヤンの上演とその物語世界に関する調査研究の成果である。ワヤンに関心を持ったのは一九八〇年代の終わりにジャワ島に留学したときである。芸術大学で舞踊を学ぶために訪れた西ジャワ州の州都バンドンでは、木偶人形を用いる人形劇が主流で、さまざまな場で人形劇の上演を見る機会に恵まれた。西ジャワの人形劇はインドの叙事詩ラーマーヤナとマハーバーラタを主要な題材としており、特にマハーバーラタのレパートリーが多く見られた。筆者は留学中にジャワ島北岸チルボンへ頻繁に通って仮面舞踊を調査していた。チルボンの仮面舞踊は影絵とともに上演されることが多く、仮面舞踊手と影絵の人形遣いも密接な関係を持っていた。仮面舞踊はジャワ島由来の英雄譚パンジ物語を土台とするが影絵の方はインドの叙事詩マハーバーラタとラーマーヤナを土台としていた。またチルボンには人形の頭が平たい形態の木偶人形劇もあり土地にまつわる物語やジャワ島由来の英雄譚などが主要なレパートリーとなっていた。ワヤンという芸能は地域による差異も多く見られ、また影絵と人形劇というジャンルの違いによっても物語の細部はそれぞれ異なっていた。
筆者は二〇〇七年以降ジャワ舞踊と女形ダンサーの研究のためにジャワ島中部のジョグジャカルタで定期的に調査を行った。そこでも影絵をはじめとして舞踊劇、宮廷舞踊などの多くの芸術上演を見る機会に恵まれた。二〇〇八年にジョグジャカルタで開催された「ワヤン週間」においては近隣の地域から多くのグループが参加してさまざまな種類のワヤン上演が行われ、あらためてワヤン芸能の多様性を実感した。影絵と舞踊劇に関する記述の中ではジョグジャカルタで見た上演を取り上げ、特に観光芸能に関してはジョグジャカルタの舞踊劇と影絵の上演を取り上げた。
これらのさまざまな上演に触れた経験を通してワヤンの物語世界について考察したのがこの本である。
二〇〇四年以来授業を担当した旧大阪外国語大学インドネシア語専攻での「インドネシア文化講義」の中では、ワヤンの物語世界についての講義と文献購読を通した演習を行ってきた。その後二〇〇七年以降にはこの講義と並行して大阪大学における共通教育の授業の中でも演劇とその物語世界についての講義を行ってきた。授業を行いながら文献調査や現地での調査を統一したテーマのもとに整理して提示したいと考え続けてきた。文字化されたテクストから知る物語ではなく、芸能上演の中で演じられ認識される物語の世界について考察することは筆者にとって重要な課題であった。
西ジャワのバンドン、チルボンそして中部ジャワでワヤンの上演を観るチャンスはあったものの、上演と物語との関連に着目してインテンシブな調査を行ったことはなく、そうした調査の必要性を痛感していたところ、二〇一一年から三年間にわたり科学研究費「インドネシアにおけるコミックの考察:叙事詩マハーバーラタを対象として」(基盤c 課題番号23520169研究代表者:福岡まどか)の調査機会を得て、ワヤン上演とワヤンの物語を題材とするコミックとの関連についての現地調査を行うことができた。現地のNGO団体と共同で人形劇の上演を主催し、学生向けのセミナーや上演の映像記録などを行った。この本の特に人形劇とコミックに関する記述にはこれらの調査の成果を取り入れた。二〇一二年三月に西ジャワのバンドンで行われたダダン・スナンダール・スナルヤ氏の上演、二〇一三年三月に同じくバンドンで行われたアペップ・フダヤ氏の上演は、この本の主要な対象となっただけでなく、筆者に西ジャワの人形劇と物語との関連を考え直す多くの示唆を与えてくれた興味深い上演であった。お二人の人形遣い、そして上演をコーディネートして共同で撮影を行ってくれたNGO団体「ティカール・ブダヤ・メディア・ヌサンタラ」のエンド・スアンダ氏とスタッフの皆さんに心から謝意を表したい。
さらに第5章で扱った叙事詩のテクストに関する記述では、二〇〇九年三月と二〇一二年三月に西ジャワ出身のコミック作家コサシ氏の自宅を訪れ、インタビュー調査を行った成果も取り入れた。コサシ氏は二〇一二年七月に九十三歳で亡くなられたが、ご本人とご家族の許可を得て画像も数点掲載させていただくことができた。コサシ氏とご家族に深く感謝の意を表したい。またコサシ氏のコミックに強い影響を受けたという漫画家のG・M・スダルタ氏にはワヤンとコミックについて示唆的な多くのコメントをいただいた。この場をお借りして感謝の意を表したい。
ワヤンとは、ジャワ島とバリ島、マレーシアなどにも見られる、影絵をはじめ人形劇、仮面劇、舞踊劇等、様々な形で上演される芸能ジャンルの総称です。観光客にも人気があり、観光客向けの上演も多いので実際にご覧になった方も多いかもしれません。本書はそのワヤンの物語世界について考察した本です。ワヤンの物語は古代インド叙事詩ラーマーヤナとマハーバーラタという、恋愛、冒険、戦いなどを軸に展開する壮大なストーリー。それに、ジャワ島に由来する神話や物語も加わっています。王様や王子、王女、神に魔王、聖者、賢者、勇士、道化、動物に変身する仙人などが登場し、冒険や恋愛、呪いや戦いなどの壮大なストーリーが展開します。まるでスペースオペラや勇壮なロールプレイングゲームの世界かのようです。そのストーリーが、様々な形で上演されています。観光客向けの人形劇や仮面劇が有名ですが、舞踊であったり、最近ではコミックにもなっているそうです。そして、観光客向けに長大なストーリーは難しいので、内容をわかりやすく変化させたり、伝統芸能ではとかく抽象的であったものがコミックでは具象的に描かれていたりと、様々な形で人々に伝えられています。ジャワの人々にとって、ワヤンはなじみ深い物語世界なのです。この本ではそれらの源泉となる独自の物語世界の特徴を考えつつ、上演される物語の展開方法と演出の特徴を分析することによって、物語世界がどのようなものなのかを考えていきます。
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