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文化を楽しむ出版社

【第11回】首里城(1)

 2010-11-04   

 いよいよ世界遺産に戻ります。今回は首里城(シュイグスク)です。ここには、守礼門(シュレイモン)があります。守礼の門と言う方が沖縄でも多いのですが、守礼門が正式名です。あとその守礼門の左側に園比屋武御獄(スヌヒャンウタキ)という拝所もあります。ここは国王も拝む場所でした。あ、書き忘れましたが、守礼門の真中を通れるのは国王だけでした。これは紫禁城でも同じだと思いますが、その他の方は右か左の方を通って首里城に入ったそうです。
 それでは城内(グスクウチ)に入ってみましょう。中国との交流が深かったので、沿道には中国の使者が残した石碑が並んでいます。そして、正殿に入る為の発券場があります。昔は士族の皆さんの戸籍を管理していた系図座(中国風の家系図を管理する場所)がありました。沖縄観光で、首里城に来た際には、正殿に向かって右側にある植物が植えてある石囲いの場所も見て下さい。ここは、首里城にとって重要な場所でしたので復元しています。
 実は、琉球国王になる為には、3つの承認が必要でした。まずは、周りからの承認。それと冊封制度の関係で中国からの琉球王国中山王という任命。で、最後は神様からの任命です。この神様は本島最北端の辺戸岬近くの岩山に、ウランサン(御傘)が降りてきます。わかりやすくいえばUFOだと思いますが(笑)。それが降りて来るそうなのです。これを確認した付近住民は早馬で、首里まで連絡したそうです。で、その神様はテレポートしながら、いくつかの拝所(ウタキ)を通過し、最後には、首里城の先程の拝所に入ったそうです。
 で、そこに琉球王国の最高神官である聞得大君(キコエオオキミ)が行き、そこで神様が乗移り、正殿に入り国王を任命したそうです。沖縄の歴史で、この任命が受けられなかった国王は一人だけです。それが、第二代国王尚宣威(ショウセンイ)です。彼はショックで、半年程で亡くなりました。その時神様が任命したのが第三代国王尚真(ショウシン)です。彼はすごい名君となり、沖縄初の黄金時代を作ったと言われています。
 最後に正殿に入ると真中の部分は浮道(ウキミチ)といわれます。ここも国王以外は通れませんでした。横にある赤煉瓦みたいなものは、正月に各地の領主がそこに参内し、国王から杯をもらう場所にもなってました。もちろん。一般住民は、発券所の所までしか入れませんでした。
続きは、次回に。


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