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文化を楽しむ出版社

【第2回】グスクって何?

 2009-05-15   

 「琉球王国のグスク及び関連遺産群」は、琉球王国の成立とその特徴について、キーポイントとなる物件が指定されています。ですから、物件の一つ一つを語れば、それが王国の歴史を語るという事になると思います。話によれば、色々な遺跡が候補になったようですが、最終的には本島内の史跡が指定されています。ちなみに北からその史跡を紹介すると、「今帰仁城跡」、「座喜味城跡」、「勝連城跡」、「中城城跡」、「首里城跡」、「園比屋武御嶽石門」、「玉陵」、「識名園」、「斎場御嶽」となっています。今回は世界遺産の一つ。今帰仁城跡について話したいと思います。

 今帰仁城跡は、本島北部今帰仁村にある「グスク」です。この「グスク」という言葉。説明は大変難しいです。沖縄の方言だと、「グ」は「御」という意味になります。では「スク」は?。「スク」は「宿」と訳する方も居ます。となると「御宿」という事になり、「尊い方の住居となります」。たしかに沖縄本島内にある大型グスクを見ると、本土の城に似ているので、領主が住んだ城ってことで、そう名付けたのか。ってなります。ところが、グスクには5坪程のものもあります。これだと、説明が難しいですよね。しかも本島内だけでも200近いグスクが存在するのです。実際沖縄でも、今から30年程前にグスクとは何かについて論争がおこりました。その主な説は、聖域(墓)説、集落説、城郭説。この結論は出ていないのですが、自分は、時代により変化したのでは? と思っています。

 歴史上、今帰仁城跡は北山の居城とされています。沖縄では、1429年に本島内で初の統一王朝が成立します。それ以前は、本島内で三つの王国があったようです。それが現在も本島、北部・中部・南部という行政区分となっています。その北部を統治していた領主が今帰仁に居住していたようです。この城は1416年に、中山王の子、尚巴志によって滅ぼされました。その後も中山の王族を領主にしていたのですが、1665年に、引き上げたため廃城になりました。ちなみに、この北山が滅ぶ際に、北山城主が、城の守り神である。霊石を刀で斬りつけたようです。これを城近くの川に投げ捨てたようですが、それが数十年後見つかって、現在琉球王朝の宝刀。「千代金丸」となってます。

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