スタイルノートスタイルノート

文化を楽しむ出版社

【第1回】はじめに

 2009-05-12   

 このコーナーでは、沖縄の文化財について思いつくままに書いてみようかと思っています。本来なら、歴史的学術的に書いていかないといけないのかもしれませんが、あくまでも自分の気の向くまま書いてみます。ですから、専門的な期待はしないで下さい。このコーナーでは私が、話したい相手に向かって話している形をとりたいと思います。

 さて、このコーナーの初めは、1945(昭和20)年から話を進めていきたいと思います。言わずと知れた事ですので、特に説明する事はありませんが、沖縄ではこの年から1972(昭和47)年5月14日まで米軍による統治が続きます。
 この27年間のことを県内で教えている教員でさえ、困った事に「米軍による信託統治」なんて言う方が居ます。米軍は国連ではないですからね。この期間。意図的だとは思いますが、「琉球」という言葉に米軍(メンドクサイのでアメリカにしておきます:笑)は固執します。報道、金融、そして行政機関に、この言葉を冠したものが多く登場します。沖縄に遊びにくれば、今でもそれはすぐに見てわかるはずです。先生方の説によれば、沖縄を統治する際には、本土とは違うという意識付けをした方が何かと都合が良いとのこと。なるほどと思いました。となると「沖縄」と冠した団体などは……。

 と、いうことで、1950(昭和25)年。琉球政府が立ち上がります。日本史の近現代で、自治政府が現国内であった事。きっと将来、日本史の重要項目になるでしょうね(笑)。私からみれば、この行政機関。すごく頑張った政府だとは思います。「プロジェクトX」レベルでしたら、それこそ半年はネタに困らないでしょう。この頃に、最高学府である「琉球大学」が開学します。戦前まで、旧帝国大学の最南端は台湾大学です。この時初めて、沖縄にアメリカと米国在住の沖縄移民の尽力で沖縄に大学が出来ます。そして、戦災でかろうじて残った文化財の収集や保存に関しても動き出します。
 当初は、文化財に造形の深いアメリカ側から始まりますが沖縄側も動いていきます。つまりは琉球政府による文化財の指定がはじまります。

 琉球政府は、戦前(1945年以前)の文化財(国宝)指定の状況。そして沖縄の歴史上、さらには現在残っている状況も考慮して政府指定の文化財を指定して行きます。この時に主要な遺跡は文化財に指定されました。これと平行して、考古学的な調査も始まり、沖縄の歴史が次第に明らかになっていきました。

 そして1972(昭和47)年5月15日。沖縄は、日本の47番目の県に久しぶりに戻ります。その際には、国の方から琉球政府の管轄を、県の管轄とするか、国の管轄とするかという難しい判断もあったようですが、無事に決まったようです。で、今沖縄の国指定・県指定の文化財は存在しています。

 そんな文化財。一つ一つは難しいので、世界遺産である。「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の個々の物件をみながら歴史も絡め話していきたいと思います。

関連する投稿