スタイルノートスタイルノート

文化を楽しむ出版社

イスラムと音楽 イスラムは音楽を忌避しているのか

新井 裕子
A5判 / 152ページ / 並製
定価: 2500円 + 税
ISBN978-4-7998-0143-7 C1039
書店発売日:2015年09月14日

内容紹介

イスラムでは音楽が忌避されているというのは本当なのだろうか。よく言われる言説だが、なぜそう言われるのか、そして実際にどういう歴史をたどっているのかを本書は詳しく解説している。確かに、キリスト教と違いイスラムでは礼拝に音楽を用いない。だが音楽を用いた儀礼で有名なスーフィー教団の存在も知られている。イスラムでは音楽をどのように見ていたのだろうか。本書はこの疑問から出発し、古代ギリシアの音楽理論がイスラム世界でどのように受容されたかを見る。あまり知られていない、古代ギリシアで花開いた西洋音楽がイスラムを経てキリスト教文明へと伝播していった興味深い系譜も解説。そして、コーランとハディース(預言者ムハンマドの言行録)の中に出てくる音楽に関する記述をすべて抽出し検討する。最後にイスラム勃興以来諸王朝の君主たちが音楽に対してどのような態度をとったかも確認し、近代にいたって西洋音楽と出会った彼らが自分たちの音楽をどのように考え位置づけようとしたかを考えていく。「イスラムと音楽」という、西洋古典音楽の前史がまとめられたとも言える基本文献となる1冊。

目次

はじめに
第1章 古代ギリシアから
 1.キリスト教と音楽
  グレゴリオ聖歌
  四線四角形ネウマ
  近代記譜法へ
 2.西洋音楽とイスラム世界
  ウードとリュート
  トルコ風
  オスマン朝を訪れた作曲家達
 3.イスラム世界と古代ギリシア
  十2世紀ルネサンス
  イスラム世界の翻訳事業
  「ムーシケー」から「ムースィーキー」へ

第2章 哲学者達の音楽理論
 1.キンディー
  アラブの哲学者
  「旋律の作曲法についての論」
  ウード
  楽音
  リズム論
  タアシール論
 2.ファーラービー
  第2の師
  『音楽大全』
  リズム論
  キンディー批判
 3.イブン・スィーナー
  アヴィケンナ
  音楽の定義
  リズム論

第3章 スーフィーの修行における「音楽」
 1.スーフィーとサマーウ
  スーフィズム
  スーフィーの登場
  スーフィーの修行法 ズィクル
  サマーウ
  メヴレヴィー教団
  サマーウに対する評価
 2.サマーウに対する学者の意見
  ガザーリー
  ガザーリーにとってのズィクルとサマーウ
  推奨される「歌」
  イブン・タイミーヤ
  イブン・タイミーヤとサマーウ
  イブン・ハルドゥーン
  メロディーと楽器
  歌の技術と楽器の種類
  コーランの読誦
  歌(ギナー)の起源と歴史

第4章 コーランとハディースの中の音楽
 1.コーラン
  コーランと音楽
  コーランの中の詩人
  詩人の実態
  コーランに登場するラッパ
 2.ハディース
  ハディースとは
  祭りの日(第1の場面)
  悪魔の歌?
  祭りの日(第2の場面)
  結婚の日
  駱駝追い
  ラッパ
  酒と歌姫(カイナ)
  イブラーヒームと泣き女・歌い手
  ミズハルという楽器
  トゥンブールという楽器
  マアーズィフという言葉
  音楽に対する忌避は誰が?

第5章 コーランの読誦とアザーン
 1.コーランの読誦
  コーランの特殊性
  コーラン読誦法
  ハディースの中のコーラン読誦
  ハディースの中のコーラン読誦者および読誦法
  ハディースの中の詩の吟唱
  アザーン

第6章 君主と音楽
 1.前近代の君主と音楽
  正統カリフ時代(六32−六六1)
  ウマイヤ朝(六六1−七五〇)
  アッバース朝(七五〇−12五八)
  オスマン朝(12九九−1九22)の記譜者達
  音楽家スルタン達
  音楽を敵視した人々
 2.近代の統治者と音楽
  音楽における西洋化
  第1回アラブ音楽会議
  音楽教育
  国歌

おわりに
引用文献
あとがき

ひとこと

イスラーム世界では、歌舞音曲は宗教的には忌避行為であるという解釈が一般的と言われます。楽器は「気晴らしの道具」と呼ばれ排斥される傾向にあったといいます。他にも、イスラムと音楽との否定的な関係に関する記述はさまざま見つかります。しかし一方で、イスラムの聖典コーランの朗唱はきわめて旋律的で、祈りの時を告げるアザーンも専門職がいて音楽的に唱えられると言われます。また、多くの宗派では各種の宗教音楽を持っており、「宗教的表現としての音楽は豊富である」とさえ言われます。いったいどういうことなのでしょう。
イスラムの宗教音楽というものが存在するのかどうか。コーランの朗唱やアザーンは「音楽」なのか。そしてイスラムが音楽というものをどのように見ているのか。そうした、事典の項目を読んでいても理解できないことを本書は解説してくれます。
キリスト教でも、宗教改革者カルヴァンは、多声音楽やオルガン曲を、技巧に走ったカトリック的なものとして排除し、東方正教会の礼拝では楽器は使用しないそうです。キリスト教の神学では中世以来、楽器は世俗的で下等なものであり、神の讃美にはふさわしくないとする考えが根強いようです。実際、エロニムス・ボッスの有名な作品『快楽の園』では楽器が拷問に用いる道具として描かれています。しかし、多くのキリスト教の場では、賛美歌をはじめ様々な音楽が多様に演奏されています。
また、コーランには旧約聖書の内容やそこに登場する多くの人名、アブラハム(イブラーヒーム)、ヤコブ(ヤアクーブ)、モーセ(ムーサー)、ダビデ(ダーウード)、ソロモン(スライマーン)、イエス(イーサー)、マリア(マルヤム)、天使ガブリエル(ジブリール)、ミカエル(ミーカール)などが見られるそうです。こうした強いつながりを持っているにもかかわらず、イスラムが礼拝のための音楽を用いないのはなぜなのでしょう。
本書では、イスラムと音楽をめぐるこうした疑問に答えを見つけるために、いくつかの視点からこの問題に光を当てます。
まず、キリスト教と音楽の関係を考察します。なぜなら、イスラム世界は古代ギリシアの文化を直接受け継ぎ、西洋キリスト教世界はイスラム世界を介してギリシアの叡智を学んだという経緯があるからです。古代ギリシアと西洋とイスラム世界は、そうした密接で絡み合った関係にある。そのことをまず理解した上で、ギリシア哲学を学んだイスラム世界の「弟子」達が、ギリシアの音楽理論をどのように受け継ぎ、自分達のものとして発展させたかを見てゆきます。そして、イスラムが人々の間に浸透してゆく上で重要な役割を果たしたスーフィー教団における音楽、そうした信仰の場における音楽の存在やあり方をイスラム諸学を学んだ学者達がどのように考え評価したかを検討します。さらに、そうした学者達の意見を聞いた現世の支配者達が、音楽についてどのような判断をしどのような政策を実行したか。イスラム世界が自らの音楽をどのように認識し、また「改革」してゆこうとしたかも紹介されます。

著者プロフィール

新井 裕子(アライ ヒロコ)

お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了 文学修士
放送大学、東京外国語大学、各非常勤講師を歴任。
共著に『アラブの音文化−グローバルコミュニケーションへのいざない−』(スタイルノート)


PayPalを利用して直接購入
購入手順のご案内
発売前の商品をカートに追加し購入決済することもできますが、発送は発売日後となりますのでご了承ください。

関連書籍